決算86期のスタートです

弊社は、ザ・駄菓子屋&和みも併設しておりますが、実は、本業と全く違うのになぜ?と思われる方も多いかと思いますが、かれこれザ・駄菓子屋は、23年目となります。こちらには、素敵な素敵なストーリがあります。ここで、ご紹介いたします。

当時、約20年前、弊社は、・・クロさんのような衣料の郊外店舗への製造卸がメインとなっておりました。国内、どんどん店舗が増えて、卸先様の依頼で、設備投資をどんどんして、売上が上がっておりました。

何万足と同じ種類をとにかく安く、製造する。遅くまで従業員さんも残って、頑張ってくれていました。そんな中、製造は、人件費の安い中国へ移行していきます。在庫をかかえ、また、お客様の負債をかかえ、路頭に迷う状況がやってきます。

引き取ってもらえない工場の在庫を処分して、資金にしようと、人通りのない倉庫の前に、集客の為に実費で、今のザ・駄菓子屋の店主(私の母)がウッドデッキでかき氷をしだしました。すると、どんどん地域の子供たちがやってきて、現在のザ・駄菓子屋が出来上がります。

同時は、冬はおでんやたこ焼きまで、そんな中でくつしたの在庫を親子さんに販売してきました。

ある時、レジからお金を盗まれることなどもありました。

すると、バザーを小学生の子供たちが自ら開催します。自分の家からいらないものを販売して、店主へ売上を渡してくれたのです。そんな涙涙の物語も沢山ありました。

そんな努力もむなしく、工場は閉鎖に追い込まれました。子供たちの素敵な憩いの場も一瞬にして壊されていきました。

現在の本社への引っ越しは、中学生の当時の駄菓子屋のお客さんでもあるこどもたちが数珠つなぎに運んでくれて、多大な荷物を引っ越し屋さんを使うことなく、運ぶことができたのです。

もう、駄菓子屋をすることはできない!!と気力を失っていた店主(私の母)と当時のお手伝いをしていただいていた近所のおばさま(現在亡くなられています)のかたずけをする寂しい背中は、今でも目に焼き付いています。

そんな私は、元気を取りもどしてもらう為に庭に駄菓子屋をすることを提案しました。

洗濯干場をナイロンで囲んでのスタート!!!するとすると、子どもが子供を呼んできて、ザ・駄菓子屋が再開していきます。そして、当時の弊社のスタッフの手作りの現在の駄菓子屋となりました。

地域のこどもたちに愛されたザ・駄菓子屋は、23年

店主88歳となりました。おばちゃん!おばちゃん!と元気な子供たちに励まされ続けてこれました。今年の春に生死をさまよう大手術をし、また、最愛の夫を亡くし、悲しみに浸っていましたが、続ける決意をして、再度スタートをきることとなりました。どうぞ皆様、今度とも、駄菓子屋共々、樋口メリヤス工業株式会社復活への応援よろしくお願いたします。

ザ・駄菓子屋&喫茶 和は、

10月より平日14時から17時 土曜日 10時から17時 

日曜日 お休み

店主の高齢の為、体調により変更ありです。

どうぞ、長ーくお付き合いよろしくお願いたします。

唐揚げやポテトフライも再開するようです!お楽しみに、、、

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